旅の終わりに

旅の終わりに・・・
なんとか歩いてきた。
八日間で210キロ。日割りにすれば、一日26キロほど。何しろ下駄やから、まあ、1時間あたり3キロ。
一日8時間〜10時間は歩いていたんやろうなあ。

・・・そんなもんか・・・と言われたお方!

まあ、やってみんしゃい!
下駄でっせ! 足指腫れまっせ!!
袴でっせ! みんなにふりかえられまっせ!! 笑われまっせ!
蟻にかまれまっせ!! ネズミになめられまっせ!!

(あ、すみません、急に態度が大きくなって・・・)



最終日を祝うかのように、空は信濃路独特の蒼さで広がり、風は緑の香りをはらんで僕を目的地に誘っていました。

今日で終わる。すべて終わる。

その喜びは、痛んだ足にも伝わり、一応足取りも軽く宿の方々の見送りを受けて意気揚々と、僕は最後の一日を開始したのでした。

本当に気持ちのいい天気でした。



そう、・・午前中はね。
でも昼を過ぎたあたりから、急に風向きが変わり、突然の驟雨。
堪らず飛び込んだ廃屋で、僕は重大な事に気がついてしまった。


昨日までは、甲州街道、いわゆる20号線を、ただただ辿っていればよかったのですが、今日からは・・・

この道を歩いてゆく事になるのです

(上記に地図リンク)


152号線から大門街道へ。
ちょいと今までとは勝手が違う。その確認のためにナップサックに入れておいた筈の地図を取り出そうとして、かなり焦った。


確かに出発の時にはあった地図。
そして、二日目の山越えの時には、それを判断の材料として覗き込んだ地図なのです。それが・・・・

「ない!」

まるで合宿で練習をする予定になっていた合唱組曲「旅」そのもののようになってしまった・・・・・地図も無くした旅の終わり・・・・・。



気を取り直し、雨上がりの道をノロノロと歩き出してみたものの、
こいつには少々参った。とどめの衝撃、いざ除幕。



そして、案の定。
152号線から大門街道にはいる道を間違えたのだろうなあ・・・。
夕刻近くになっても、僕はまだ腰の高さほどのススキの中をさ迷い続けていたのです。


きっと・・そうやな・・
あの地図はあの日、あの山中に放りなげてきたんやろうなあ。

その後は地図を見るよりも、通りがかりの人にたずねて20号線を確認していれば事は足りていたわけだ。

だが、この道を歩いてゆく人は今はいない。


いまさら悔やんでみても仕方が無い事です。


そんなことより、ここであの日の二の舞を演ずるなんてまっぴらごめん。
足元は雨上がりの赤土に下駄が取られそうになり、いまや下駄はナップサックに仕舞い込み、素足で歩いていました。



今考えると狂気の沙汰であったかもしれない。

傷口が開いたままの指は、破傷風菌にとっては恰好の餌食。
けれどそんな事はお構いなしに、僕は唸りながら徘徊をし続けていた。


まるで手負いの猪である。ぶち当たるまではひたすら猛進。
何回かの突き当たりに戸惑い、挫折しながらも、僕は勘だけを頼りとして黄昏の中をさまよい続けました。


行く手に、小高い土手のようなものが眼に入った。
あそこに登れば少しは周辺を見渡す事ができるに違いない。

あの二日目、二人で崖を転がり落ちた。
今日は一人でこの土手をよじ登る。

ススキを束ねてつかみ、足を赤土に突きたてながら僕は必死に上を目指した。
耳の奥がキーンと音を立てていた。

(なにしてるんやろ・・俺)

やっと顔が土手の上にでた瞬間、とうとう僕は観たんです!!
目の前に広がる静かな湖面を!

最後の一蹴りで僕は半身を土手の上に運び上げ、
さらにしっかりと確認をしました。

   湖や!! 着いたで〜!!!


それに、すぐ傍には「白樺湖」と書かれた標識が立っているではありませんか!  

土手の端から距離にして湖面まで20mほど!!


その時僕自身がどんな顔をしていたのかは想像もつきません。
ただ、近くの湖畔を散歩していた男女のカップルが後ずさりをした様子だけは妙に印象に残っています。

妙にって・・・・言ったってネエ・・・。


赤土まみれの白絣の胸元をはだけ、ボロボロの袴に角帽を被った男が、やにわに土手の下から這い上がってきたんだものねえ。
相当ビックリした事だと思いますよ。


けれど僕はおもむろに、土手の下から腰を引き上げ、袋から下駄を取り出し、絣の襟を整え、袴の帯を締めなおし、何事もなかったかのように合宿するための宿を目指しました。

ん・・?
宿のある場所?そんなもんはどうでもよかったんです。
なんならこれから湖を一周してもいいと思うほど昂ぶっていました。

ここは「白樺湖やもん」!!


まだ暮れきっていない湖面には少し霧が降りていたようでした。
湖面を渡ってくる風は、火照った身体を一気に冷やすほど、
もうすでに初秋をはらみはじめていたようです。

その中を、僕はゆっくりとゆっくりと歩みました。
最後の一歩一歩を慈しむような気持ちで


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