武勇伝 武勇伝 いよいよ佳境

武勇伝もいよいよ佳境ってか・・・七日目


さて、多分、その日も朝早くから歩き出したんでしょうねえ。
大学の大隈さんと別れてから、もう一週間ですわ。

下駄は、もう三足目だったと思います。下駄の歯が擦り切れて、最後は、鼻緒が直接地面でこすられて、その挙句、歩いている途中に、いきなり切れるんです。

あ、思い出した。一回どこかのお姉さんに鼻緒をすげ替えてもらった事があったのを思い出したわ!!



どこやったかなあ。前日の意識混濁の一日だったかも知れないなあ。


その、お姉さん、僕が難儀をしているのを見て声をかけてくれて、確かピンク色のハンカチを裂いて、僕の鼻緒を一時的に補修してくれはったはずや。

うん、そうやそうや。


綺麗なお姉さんやったような気がしてきた。年の頃なら30前後やったやろか。紺のタイトスカートで、真っ白の半袖のブラウス着てはった(ような気がする)。その補修の間、僕は近くの石に腰を下ろして、何故かサイダー飲んでたなあ。


そして、その後おねえさんは、僕の目的地をたずねて眼を見開いて驚いていた(ような気がする)・・・そんだけや・・・ホンマにそれっきりやで。


いくら空白の一日といえど、なんぞあったら覚えてるはずやもんなあ。



それで、この七日目の朝は下駄を買うところから始まって、山越えにはいったんやろうな。

ほとんど雨知らずの旅でした。
この日もカンカン照りの中を歩いてゆきました。


あれは3時くらいの事やったかなあ。
僕は歩いてゆく道に沢山の赤いシミができていることに気がついたのです。

改めて目を凝らしてみると、これから下ってゆく道の先にも、そんなシミがいっぱいある事に気がつきました。

なんやったと思います?

赤とんぼなんです!!

赤とんぼが一杯道に落ちているんです。
ホントに!落ちているんです!


きっと高速で下ってくる車のフロントガラスにぶつかるんじゃないでしょうかねえ。

そして一時的な脳震盪(トンボの脳は・・ようわかりませんけど)を起こして落ちてしまうんでしょうねえ。


哀れに思いました。

僕は何匹も拾い上げては、とりあえずは僕の指にとまらせたまま歩き続け、彼等が我に帰って大空に飛んでゆくのを何度も何度も見送りました。


詩的な情景でしょ。でも本当なのです。


拾い上げる事ができなかった赤とんぼたちの中には、猛スピードで下ってくる車に轢かれていったものも多かったはずです。
僕に拾われるか拾われないかが生死の境目。
複雑な気持ちになります。



その日は諏訪に宿泊する予定でした。
ですから、その目的地に着くまでは歩き続けなければなりませんでした。

夜の8時くらいになっても、僕はまだ歩いていました。


ある集落に入った時、お盆の迎え火を焚いていたのでしょう。
「あ、お兄ちゃんが帰ってきた!」という少年の声で、一塊の人たちが一斉に僕の方に向き直りました。

都会から帰省してくる兄を待っていたのか、それとも彼岸の果てから戻ってくる兄を待っていたのか・・それはわかりませんでしたが。

その人たちの傍を足早に過ぎ去り、僕はしばらくして、やっとのことで諏訪の街に入る事ができました。夜10時位の到着です。

その夜宿泊した旅館の事は、しっかり覚えています。


あてがわれた部屋は二階。僕はその階段を登るのに10分以上を要したのではないかと思います。土色になった白絣の着物にボロボロの袴。

下駄をつっかけた足は腫れあがり、二階にさえ登れない妙な青年を、呆れた顔をして眺めていた旅館の方の顔はしっかりと思い出すことができます。

目的地まで、あと30キロほどの地点。
明日は、いままでの20号線を離れ、いよいよ白樺湖へと北上する道に入る事になるのです。


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