混濁・・・・

混濁・・・・
翌朝、友人の豪邸を後に、また歩き出したと思いなせえ。
(なんだか時代劇みたいになってきたなあ)

さっきまでは今こうやって書き連ねてゆくと、この日のうちに諏訪にはいったような気がしていたけど・・・ありえない!絶対に!

一日60キロを踏破するなんて神業ということに気がついた。
足はボロボロ、下駄ですよっ!!

一日20キロから25キロがいいとこ。
ということは、その間にどこかで一泊していることになる。

空白の一日、慌ててます。
20号線を歩いていた事には間違いがない。
必死に記憶を呼び戻すがなんとも覚束ない。

そうすると鮮烈な思いでがあるのは一日後になるわけか・・
(これは次回のお楽しみ)

38年間を隔てた、青春の一日は帰ってこないのか・・。
地図の上の20号線(甲州街道)を、甲府から諏訪に向かって何度も何度も
眺める。

そうや・・大きな川の辺をあるいていた。
地図では、どうもその川は釜無川の公算が大きい。
そう・・・車がビュンビュン飛ばしてゆく道を僕は歩いていた。
その道路は川との間に、防波堤のようなコンクリートの土手が築かれていた場所があった。


確かなことはいえないけれど、多分韮崎を過ぎたあたりだろうなあ。
昼をまわった頃で、灼熱の太陽を恨めしく思いながら歩いていた。


角帽に塗りこめていたバターが溶けて、汗と一緒になって頬を伝った。
(この時代、角帽をそのようにしてテカテカにするのが流行っていたんです。そのうえ、フライパンで二度ほど角帽の表面を焼いたこともある)

昼頃にそのあたりを歩いているという事は、その日は、よく行って白州あたり・・・ううむ・・・おっ!牧の原という場所がある!!


きっとここだ!ここに違いない。
六日目の宿はここでしょう。



今も変わらず、何かにこじつけて物事を考えるのが好きな僕の事です。
牧野と牧の原、ビビッと感じるものがあってその地に宿泊する事にしたのに違いない。


問題は、どこに泊まったか、誰と・・(あ!これは関係ないです)
そのあたりの記憶混濁しています。
優しげなおねえさんも登場してこない・・・・。


ということは、一人で、つまらない旅館にもぐりこんだのでしょうねえ。大酒を飲んでいたわけでもないから、こんなに記憶が無いとはなんだか怖い。



これが最近話題になっている「信濃路の空白の一日」である。(誰も話題にしてないか・・・)

なんとかここまで思い出せた一日。

確実にこの日は存在したはずである。


そうじゃないと、甲府から諏訪まで瞬間移動できたことになるもんな。
幽体離脱して・・・テレポーション。ってか



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